「銘駒コラム」はわたくし梅水の将棋の駒と将棋、その他諸々に関するコラム(不定期な日記というべきかもしれません)を掲載するコーナーです。掲載は不定期で思いつくまま都合のつくまま書かせていただこうと思います

また、「銘駒図鑑」の更新情報、お知らせ、今後の方針、スケジュール、その他ニュース、トピックスなども書かせていただきたいと思います

ここで述べますことは駒に関することもその他のことも全く個人的な意見です。読まれたとき気分が悪くなるようなことがありましたら、読むのを止めてください
 

悪意はなくとも自分と異なる意見には気分が悪くなる場合もあることと思います。これは、気楽に思いついたことを書くためのあらかじめのいい訳といえます

思いついたことの中には、政治、宗教、哲学に関わる事柄もあるかもしれません(あるかなぁ)

ご感想、ご意見、ご批判はメールでいただきます。ご返事は必ずできるとは限りません。非常にわがまま勝手な企画です。お許しください。《これからも駒写真を頑張るなら許してあげるよ》 : 天の声

コラムの中では天の声を 《 》 で囲っています


銘駒コラム 2006-2007

銘駒コラム 2004-2005


銘駒コラム 2002-2003
 
 


2003年12月7日(日)

隠された技

写真の駒は、秀峰作昇龍斎書(しゅうほうさく しょうりゅうさいしょ)の彫り駒です。

この駒は不思議な駒です。最近、秀峰作の彫り駒を数組、実際に手に取り見ていますが、この駒は、他のそれらの駒が見せてくれる秀峰流の魅力をストレートには見せてくれません。秀峰流が隠されて表現されています。

将棋駒 秀峰作 昇龍斎書 彫 写真 1 (2003年10月作)
秀峰作 昇龍斎書 彫 写真 1 (2003年10月作)

薬研には違いないのでしょうが、鈍角な刃を持つ印刀により、駒面に対して垂直に近い角度で深く彫られています。中には薬研の片側を垂直に切り込まれたと思われる箇所もあります。そして彫られた面は美しく、光との強力で金属的な輝きを見せます。

平箱に納めて鑑賞した場合、これらの技はその顔を見せません。しかし一端、平箱から外に出した瞬間からキラキラと切り口の輝きを見せ始めます。

書体名は「昇龍斎書」となっています。この駒の書体はわたしには金龍にしか見えません。これがなぜ昇龍斎なのかは、わたしには分かりません。ただ、ネットで見た古い竹風作の彫り駒に、銘は昇龍で書体は金龍に近いものがありました。その流れなのでしょうか。


隠された技は拡大鏡で詳細に確認できます。普通は一瞥である程度彫り駒の魅力が確認できるように作られます。そうでなければ商品として成り立ちません。もっとも隠したわけではないのかもしれません。分からなくて結構と、そういうことなのでしょうか。肉眼でも少し傾けると光の協力で時折おやっという姿を見せます。

鋭角でカッチリした輪郭、鋭い彫り口、彫り駒の分かりやすい見せ方です。この駒はそれを放棄しているようです。彫りの技を隠したわけですから、輪郭の精密さも隠すのがよいでしょう。この駒にはそれを感じる「弛み」があります。これはわたしの見当違いかもしれません。しかし、そうだとしてもわたしにこのような見当違いをさせて、楽しませてくれる、非凡な彫り駒です。《妄想が過ぎると思う》

将棋駒 秀峰作 昇龍斎書 彫 写真 2
秀峰作 昇龍斎書 彫 写真 2

2003年11月24日(月)

守破離無剣

「将棋駒研究会」展示即売会が11月22日(土)、23日(日)の両日開催されました。わたしも参加し写真の駒を購入しました。そこで、本コラムでは秀峰作彫り駒シリーズに入る予定でしたが、その前にホットなこの駒をご紹介します。

守破離(しゅはり) - 物事を学び始めてから独り立ちしていくまでの三つの段階。最初は教えを守り、次に自分なりの発展を試み、最後には型を離れて独自の世界を創り出していく。守り、破壊し、離れる。

将棋駒 永島慎二作 無剣書 彫 (2000年12月作)
永島慎二作 無剣書 彫 (2000年12月作)

最初の教え(型)となったのは、写真(下)の豊島無劍書字母駒の無劍ではないでしょうか。比べていただくと分かると思いますが、永島流の発展が見て取れます。「守破離」という言葉は永島さんが好んで使われる言葉だそうです。(増山雅人さんに教えていただきました) そこでわたしはこの駒を「守破離無剣」と名付けることにしました。

この駒をよく見ますと、それぞれの駒が人物として躍動しているように見えます。永島作の駒を考察したのは今回が初めてですが、その作風は大変面白く個性的です。無剣の他に董仙や清安が展示されていましたが、それらの駒を見ていると、棟方志功(むなかたしこう)※の作品が頭に浮かびました。わたしは共通した何かを感じます。

※ 棟方志功 - 版画家。青森市生れ。土俗的ともいえる奔放な作風の「板画」は、国際的にも評価が高い。文化勲章。(1903〜1975)


無劍の魅力は、重厚・強さの面と遊び・楽しさの面があるのではないかと思います。これらの魅力を端正な作風をもって存分に表現するのは至難の業。端正とはいえない永島流のこの作品は特に無劍の楽しさの表現に関して成功していると思います。

写真(上)の永島作も写真(右)の豊島字母駒も通常ではない大きな駒形です。どちらも玉将は将棋盤の升目いっぱいの大きさで大迫力です。無劍(無剣)は「王者の書体」、こうでなくてはいけません。

今回のこの駒により、わたしが日頃、駒に関し意識していたことを改めて確認しました。「技でみせるのか、絵でみせるのか」。その両立が理想なのはいうまでもありませんが、どちらか一方だけを採るとすれば、わたしは迷わず「絵」を採ります。

将棋駒 豊島 無劍書 字母駒
豊島 無劍書 字母駒

2003年10月29日(水)

やって来たドラゴン

2003年3月12日(水)のコラムで「やって来たドラゴン」を書きました。今回縁あって二つ目のドラゴンがやってきました。

以前コラムで、影水作山華石書(さんかせきしょ)彫りの写真を基にその素晴らしさを書いたのですが、実物を見たこともなく断定するのはいかがなものかと反省しその回のコラム全体を削除したことがありました。そのときのコラムが一瞬ある方の目にとまり、それが縁で所有者の方との交渉となりました。そして、やって来たのです。もう一匹のドラゴンが、わたしの元に。

写真の駒は手元に来たとき泥だらけ(本当は手垢だらけ)でしたが、柔らかい綿で何度も磨くと使い込まれた赤い木地が現れました。そしてその彫りは全体として幹太郎(影水)作の雰囲気を持っていました。

将棋駒 宮松影水作 山華石書 彫
宮松影水作 山華石書 彫

彫り駒を見る場合、まず大きく見ます。一瞥の姿がどうなのか、これが一番重要です。そして次に、駒を動かし光を当てる角度により駒がどのような表情を見せるのか、最後に拡大鏡で彫りの技とその技がどのようにその駒本来の姿に働くのかを確認します。

しかし、大抵の彫り駒は拡大鏡など必要としません。大味の彫りに厚めの漆を流されては見るところがありません。その場合は全体の味として彫り駒を楽しむこととなりますが、それでは彫り駒の醍醐味に欠けるとわたしは考えています。彫り駒を贅沢に楽しみたいのです。

ただし、精密・丁寧な彫りと薄めの漆だけが優れた彫り駒の条件ではありません。写真の彫り駒は精密・丁寧な彫りとはいえないでしょう。それにもかかわらず彫り駒としての魅力は十分です。何がそうさせているのでしょう。


彫り口、彫り面の見せる表情が一瞥の姿に与える影響の大きさ素晴らしさが、彫り駒の醍醐味で、これは当然のことのようですが、意図的または無意識にこれらの作業を行い高い完成度を生み出すことは、その駒師の感性、才能に頼る他はなさそうです。

影水の感性を分析することは今は諦めておきます。今はただこの作品に対峙し、一瞥の美を感じることに努めます。わたしは胸がときめくものがありました。それで十分、説明不要ともいえそうです。

胸がときめくといえば、最近、オーギュスト・ロダン(Auguste Rodin, 1840-1917)の作品をいくつも鑑賞する機会があり、そのとき胸がときめき熱くなりました。わたしのお薦めは、「地獄の門」と「ネレイスたち」(国立西洋美術館: http://www.nmwa.go.jp/index-j.html ) です。大作「地獄の門」はどなたにとっても一見の価値ありと思います。上野で見ることができます。

2003年10月20日(月)

平田雅峰作 源兵衛清安書

平田雅峰作彫りの三連投です。

写真の彫り駒は前沢碁盤店のHPにある雅峰作源兵衛清安書です。わたしの手元に来ました。HPの写真では全くその良さが分かりませんでしたが、手にとってその良さが確認できました。静山の源兵衛清安字母紙と雅峰師の彫りの融合が存分にわたしを満足させてくれます。ここのところ毎日眺めていますが全く飽きることがありません。

このような駒を細かく鑑賞すると、盛り上げ駒に勝るとも劣らない情報量が含まれているように感じます。

写真は王と玉のみですが、飛、龍、角、馬、金、銀、成銀、桂、成桂、香、成香、歩、と、の全てに見るべき彫りの技が満載です。残りの駒は別の機会に掲載したいと思います。

ところで彫り駒の魅力とは何でしょう。彫りの精密・正確さ、彫りのスピード、鋭さ、力強さ、変化、そしてそれらの組み合わせ。彫りにより書体を表現するためのアイデア。見る角度で変化する光と陰の芸術。魅力は尽きません。

わたしの場合、最も重要な魅力つまり評価は「一瞥の美」です。上に上げた数々の魅力に優先します。邪道と思われますが、わたしは駒を絵としてみます。彫りがいかにうまくても絵として不満があれば総合的な評価は低くならざるを得ません。

将棋駒 平田雅峰作 源兵衛清安書 彫 (2003年10月作)
平田雅峰作 源兵衛清安書 彫 (2003年10月作)


写真の駒の魅力を支える一瞥の美しさは、静山師の力によるものが大きいと思います。静山師の力を借り、雅峰師の精密な彫りと静山書体の彫りによる雅峰師の表現力がこの駒を作り上げたといえます。

2003年9月24日(水)

平田雅峰作 錦旗

前回のコラムで「駒のささやき」に掲載された平田雅峰作 錦旗についても書きましたので、ついでですので雅峰作連投です。 写真の駒はささやきの錦旗とは別物ですが、大変丁寧に彫られた平田さんの力作です。

将棋駒 平田雅峰作 錦旗 彫
平田雅峰作 錦旗 彫 (所蔵:北田義之様)

写真をご覧ください。少し油が入っているようではありますが、柾目がきれいに通った木地は彫り駒の魅力の一つのあり方ではないかと思います。皆さんも美しいと思いませんか。

わたしが見るところ、この駒は長い期間(時間)を掛けて彫られたものではないでしょうか。集中力と忍耐、そして精度の高い技術によって彫り上げられた駒のようです。

見方によっては、少ない時間で力を入れずにスイスイ彫り上げてしまうのがプロの仕事といえなくもありません。いずれにせよこの駒はそのような駒ではありません。その意味でもこの世にいくつも存在することのできる駒ではなさそうです。

平田さんは年齢的にもまだまだ進化が期待でき、これからどういう駒作りに取り組んでいただけるものか、今後注目の駒師の方の一人です。


2003年9月22日(月)

平田雅峰作 芳雨書

写真は、平田雅峰作 芳雨書(ひらたがほうさく ほううしょ)の彫り駒です。比較的最近(2003年)の作品です。

平田さんとは何度もお会いしてお互いの所蔵駒などを見せ合ったり、駒についてのお話も色々お聞きしました。大変気さくで面白い方です。性格とは反対(?)に駒の作風は繊細、精密です。そして最近はそれ以上のものを追求されているようです。


さて芳雨書ですが、宮松美水(みやまつびすい)師の書に基づく書体です。芳雨は師の書の雅号です。

宮松影水(美水の夫)は巻菱湖書が好きであったといわれます。その影響なのか芳雨書は巻菱湖書にそっくりです。 美水流の巻菱湖といってもよさそうです。

写真ではよく分からないと思いますが、手に取りますと瀬戸玉で磨いた駒面いっぱいに彫り込まれた芳雨書の変化の面白さに引き込まれていきます。彫り駒好きの方なら魅了されるのではないでしょうか。

話が芳雨書から離れますが、「駒のささやき」で平田さんの錦旗の彫り駒を最初に見たとき、この彫りを越える錦旗の彫りはないのではないかと思ったほどです。(あくまでも私見です) 書体は影水の仕事を見事に彫りに取り込んでいました。

将棋駒 平田雅峰作 芳雨書 彫 (2003年5月作)
平田雅峰作 芳雨書 彫 (2003年5月作)

梁山泊の山本さんと話す機会があり、わたし「この彫りは凄いですよねぇ」、山本さん「平田さんに頼めばいいじゃない」、わたし「錦旗を彫ってくださいと頼んでもこれと同じものはできてこないでしょう」、このような会話があったと思います。その後、平田さんと何度も話す機会があり、この答えもそれ以上のことも分かりましたが、ここで書くことはできません。

彫りの名人平田雅峰が、今後何処に向かっていくのか楽しみでなりません。

2003年9月19日(金)

王者の源兵衛清安

写真はわたしが所蔵する唯一の児玉作品である源兵衛清安書です。

第43期王位戦第4局使用駒です。( 王位 羽生善治 VS 挑戦者 谷川浩司) 何だかんだといっても児玉作品はこの一組しか持っていません。今後も新たに購入することはなさそうです。わたしが見たところ、この駒は児玉さんが相当力を入れて作ったものであると思います。それ故に入手したともいえます。王将、玉将の駒形が大きく、その上に工夫を凝らした盛り上げが施されています。児玉さんが現在の「児玉スタイル」を超えない限り、この源兵衛清安を超える児玉作の源兵衛清安は現れないと考えます。

将棋駒 児玉龍兒作 源兵衛清安書 (2002年7月作)
児玉龍兒作 源兵衛清安書 (2002年7月作)

熱意に基づく研究の成果である繊細な工夫の集大成が大きな駒形に施され、雄々しさと女性的な味わいを併せ持つ駒といえます。

龍山や奧野の作品の一部に存在するような、とにかく雄大で有無を言わせないという意味での「王者」の風格とは異なる意味での「王者」の形がここにあります。

そして、谷川、羽生という歴史に残る名棋士同士の王者(王位)の戦いに用いられたことからも、「王者の源兵衛清安」と呼ぶことが許されるのではないでしょうか。

上で述べました「児玉スタイル」を超えるとは、デザインを超えた駒作りといえます。児玉龍兒は影水が成し遂げた頂点を今、児玉流に実現しているものと、わたしは見ています。《これを見たら、児玉さんは不満だろうなぁ》


次回のコラムは、平田雅峰作 芳雨書を予定します。

2003年3月31日(月)

レッド・ドラゴン (Red Dragon)

最近、Dragon だの Red Dragon などと書いていますので、そこら辺のところをちょっとまとめておきたいと思います。大したお話ではないのですが、銘駒と名駒が同じ発音ですので名駒はドラゴンと呼んじゃいましょう 《えっ、なんでよ》、ということなのです。名駒中の名駒はレッド・ドラゴンと呼びましょう 《こりゃまた意味不明、なんで赤》、という提案です。 キング・オブ・ドラゴンやゴールド・ドラゴンというような名前では野暮ったいのでクールに Red Dragon です。《苦笑》

本当のところは、素晴らしい木地に素晴らしい漆、使い込むことによって赤みがかった飴色になり、指す者の手によって盤の上を舞う姿がレッド・ドラゴンをイメージさせます。レッド・ドラゴンの赤く光る眼の中には芸術性が映し出されます。

将棋駒のランク

最近思うことなのですが駒を評価する場合、「技術点」と「芸術点」に分けて考えると分かりやすいのではないでしょうか。技術点は磨きの技術、字母紙から駒字の再現技術、漆の盛り上げ技術などがありますが、「伝統美の系譜」が伝えるところの様式美も技術点に属するものと最近は判断しています。レッド・ドラゴンと呼べるような駒は、芸術点に重きが置かれるように思います。しかしながら、技術点の高さが使い込まれた後のあじわいの深さを生み出すことを考えると技術点はレッド・ドラゴンには不可欠な要素であり、駒は道具だということもあり、芸術点に重きが置かれるとはいえ、芸術点だけでは成り立ち得ないものであるともいえます。

伝統の字母紙をオリジナルに発展させる様式美も技術点の範疇と解釈します。 さらに、「様式美を超えたところに本質的芸術性が存在する」と主張するものです。 レッド・ドラゴンはここでいうところの本質的芸術性を内包します。

なぜこのようなことを考え始めたかといいますと、芸術点がほとんどなくても、技術点だけの高さで相当な駒が存在しうると気づいたからです。それはそれで素晴らしいのですが、これはたとえ才能がなくとも長年の鍛錬、技術の錬磨によって優れた様式美までを実現できるのではないかと、そこから先は生まれ持ったものが必要であると。わたしがレッド・ドラゴンという名を口にする場合、そのようなものがたとえ少しであろうと見えているはずです。

2003年3月12日(水)

やって来たドラゴン

前回のコラムに書いた旅行で、二つの駒と出会いました。写真の駒はその一つ、宮城県仙台市でまったく偶然に出会った、宮松影水作 金龍書の彫り駒です。 わたしの元にやって来ました。仙台市の大鷲将人さんよりお譲りいただきました。大鷲さんはアマ将棋のトップレベルで活躍された方で、この駒はその昔、大友昇九段(故人)より譲り受けたものでした。 旅行から帰り一週間ほどしたころ、「いつまでも待っていますので」とお電話したところ、そんなに熱意があるならあなたに譲ってあげるよと。

実はこの駒、最初に見たとき、まず銘に目がいきました。影水作と彫ってあるのですが、影水の「影」の字が野暮ったい感じで、本物かなぁ《失礼だよ》と頭の中では思いました。

何しろ影水作 金龍書 彫り駒の実物は見たことがありませんでしたので、判定のしようがないのです。 その後、駒をじっくり見たのですが、それは味わい深く素晴らしい駒。たとえ影水作でないとしても構わないという考えに至りました。

手元に届いた後、ある専門家の方とある駒師の方のお二人に見ていただきました。専門家の方曰く、銘と駒形が珍しいが確かに影水作、しかも幹太郎(影水の本名)が彫っているよ!とのこと。駒師の方は、大変丁寧に彫られたよい作品であるとのことでした。

将棋駒 宮松影水作 金龍書 彫
宮松影水作 金龍書 彫
この駒は性格上、影水が精魂込めたというような駒ではないと思いますが、駒字の一画々の流れ、バランスなど、さすがは素晴らしい感性と感動しました。この駒と出会ったことにより、金龍書というものを見直さなくてはなりませんでした。これまで数々の金龍書を見ても感じることのできなかったものをこの使い込まれた古い彫り駒は与えてくれたのです。なんということでしょう。駒の、彫る技術、埋める技術、盛り上げる技術のそれらは確かに駒を評価するための重要な要素ですが、一番重要なのは「駒の美への感性」ではないでしょうか。今回改めて感じた次第です。

2003年2月18日(火)

ドラゴンの夢

先日、友人と二人で山形県で落ち合い、山形の温泉で一泊、その後、携帯電話で各地の温泉に予約の問い合わせ、そして宮城県の峩々温泉と秋田県の鶴の湯温泉が予約できました。鶴の湯温泉は何ヶ月も前に予約をしなければ取れない温泉と後で聞かされました。運がよかったようです。移動の途中に宮城県で、車中のためのお弁当を買おうとしていたら、偶然に将棋教室らしき所を発見。

そこで、宮松影水作の彫り駒を見せていただくことができました。書体は金龍(Gold Dragon)。使い込まれた駒です。教室で子供達に使わせているとのこと。彫り口などもじっくり見せていただきましたが、決してうまいという印象ではありません。しかし、今まで見た影水の彫り駒と比べると格段に魅力的でした。そして品格を感じました。譲ってもらえないかと尋ねると、今は子供達によい駒で教えたいから、教室をやめたらあなたに譲ってあげるよと約束していただけました。それから温泉に向かいました。

秋田県 鶴の湯温泉
秋田県 鶴の湯温泉

ところで最近、ハンニバル・レクター三部作の最新作「レッド・ドラゴン(Red Dragon)」を観ました。よくできた映画です。大変楽しめました。この映画を観た後に、龍山の顔が浮かびました。《ドラゴン繋がりなのね。病院入りも近し》

龍山、奥野、静山、影水による将棋ファンを魅了する駒の数々。そのような中でも最高のできの駒達、これを「レッド・ドラゴン」と呼ぶことにしましょう。乾さんの掲示板の書き込みとも符丁しました。不思議ですね。(羊たちの沈黙: ハンニバル・レクター三部作の第一作)

わたしは、レッド・ドラゴンを求める旅に出てしまったようです。生きている間に多くのレッド・ドラゴンと、そして現代に蘇るレッド・ドラゴンとも出会えることを楽しみにしたいと思います。


鶴の湯温泉の露天風呂で粉雪を頭に受けながら、思い浮かべたのは宮城県で見た影水の彫り駒、金龍(Gold Dragon)でした。道場駒として影水が沢山作った駒の一つなのでしょうが、遠い時代を遡り、ここで出会えたことを不思議に思いました。

それにしても今回の旅は不思議な旅でした。 夢見心地。「千と千尋」の世界に迷い込んだようでした。峩々温泉にはレンタカーで乗り込んだのですが、次の日、雪が積もり、生きて帰れるかなぁ、もう一泊するしかないかと友人と本気で話し合っていました。結局、勝負するかといいながら、チェーンもなく四駆でもないレンタカーで脱出しました。生きててよかった。

本来しっかり者の友人が、掛けてよし・入ってよし・飲んでよしの温泉だからと、飲んできたというのです。後に温泉に一緒に入ったとき、掛け湯のための竹筒で湯船のお湯をすくって飲んで笑っていたのです。 「そ、それ、飲んじゃうの」、「だって、飲んでよしだからね、どこで飲めっていうのよ」。 チェックアウトの際、フロントの近くに、飲むための温泉の蛇口がありました。《このコラムを読まないことを祈るよ》

湯気と雪景色で、ぼんやりした頭の中をドラゴンが行き交う夢のような旅でした。

宮田梅水 鶴の湯温泉の入り口にて
鶴の湯温泉の入り口にて

2003年2月3日(月)

児玉龍兒 - 現代の宮松影水 -

静山会 児玉龍兒展は、大変盛況でした。わたしも参加し有意義な時を過ごしました。やはり実物を見ることは一番大切だと今回改めて感じた次第です。静山会を終え、ふと、児玉さんのことを考えました。浮かんだことが二つあります。一つは、児玉さんとは「知恵の人である」ということ、そしてもう一つが、児玉さんはまさに「現代の宮松影水である」ということです。

影水に対しては、賛否両論ありますが(支持が圧倒的ですが)、駒の美への価値観が一通りでない限り、否定する立場は採りえません。駒の世界に決定的な仕事を残した偉大な駒芸術家といえると思います。そこで、影水を「史上最高の駒芸術家」といい、静山を「史上最高の駒職人」といえばピッタリではないでしょうか。今様な言葉を使えば、影水の駒はセクシー(Sexy)。「濃艶な美」とでも申しましょうか。それを実現するための影水の狂おしいほどの思いが想像されます。

どうやったらよりセクシーなのか、「一瞥の姿」と「細部のあじ」への拘り。細部のあじについては「お化粧」という表現を聞いたことがあります。うまくいったものです。セクシーにするためのメイク(make up)であるというわけです。奥野一香のようにメイクとは無縁な方法論もありますが、わたしはメイクに肯定的です。

写真は、児玉龍兒作 源兵衛清安書です。以前、源兵衛清安は静山が基準と申しましたが、それに加え、影水、児玉龍兒の三つのあり方を「現代源兵衛清安」とわたしは見ています。

児玉さんの源兵衛清安は、一番近いのは豊島龍山、それに影水の長所を取り入れているようです。写真で金将を見ていただくと分かりやすいのですが、金という文字の第一画の中程が山状になっているのは龍山の特徴を誇張しています。そして同じく第二画の鋭角な力強いハネは影水のものです。金の屋根のたった二画に龍山、影水と児玉龍兒が生きているわけです。

影水はメイクの手本を後世に残しました。児玉さんもメイクを取り入れています。決して影水の物まねではない、独自の児玉メイクを確立して来ています。手間を惜しまない、よりセクシーへの探求。

将棋駒 児玉龍兒作 源兵衛清安書
児玉龍兒作 源兵衛清安書
このような駒作りは、手抜きの駒作りの対極にあります。 内容が似通っているわけではありませんが、よりセクシーへの探求を志す思いが影水と同じに思えます。漆拭きもその思いから出た方法論の一つではないでしょうか。わたしはそのように思っています。

2003年1月16日(木)

月山作 水無瀬兼成書

久しぶりのコラムで登場するのは、月山(がっさん)作 水無瀬兼成書(みなせかねしげしょ)です。

水無瀬兼成はどの文献を見ても「みなせかねなり」とされていますが、「みなせかねしげ」が正しいようです。お教えいただいた方が水無瀬神宮に確認を取ったので間違いないとおっしゃっていました。これだけ重要な人名が長く間違って伝えられていた(いる)と思うと驚きです。(わたしが直接調査したわけではないので胸を張ってはいえません。本当は「かねなり」が正しいよとおっしゃる方がいらっしゃいましたらお教えください)

将棋駒 月山作 水無瀬兼成書 彫埋
月山作 水無瀬兼成書

さて、水無瀬兼成ですが、皆様ご存じでしょうか。現代の水無瀬のルーツそして将棋駒のルーツでもある「水無瀬駒」の作者、権中納言 水無瀬兼成(ごんちゅうなごん みなせかねしげ)。

兼成による水無瀬駒の誕生は安土桃山時代まで遡ります。その孫の水無瀬兼俊(みなせかねとし)の手による駒が、豊島龍山による水無瀬書のベースとなったようです。そして、龍山から影水、静山の現代水無瀬へと引き継がれ現在に至ります。

その兼俊の書はぎこちなさを感じさせるもので、そのあじわいが龍山による水無瀬という書体の独特なあじを作り出したとものと思われます。(わたしは思います)

もどって、兼成の漆書きの水無瀬駒。その素晴らしさはなかなか理解できないものです。わたしも最初はヘタウマな字としか感じませんでしたが、駒を知れば知るほど、この駒に引きつけられていきます。


写真の駒、月山作による兼成書の再現です。(彫り埋めですが)水無瀬駒の現物を持たないわたしには一つの資料になっています。いかに名工月山といえども兼成とは比較のしようもありませんが、美しい杢の木地に高い技術で兼成書を再現した美しい駒です。《月山さんに怒られるんじゃないですか》

P.S. 本物の水無瀬駒(水無瀬兼成、水無瀬兼俊による作)の写真は、梁山泊のホームページの「展示駒」のコーナーでご覧いただけます。また、実物をご覧になりたい方は静山会 児玉龍兒展にて水無瀬兼成、水無瀬兼俊作の中将棋水無瀬駒を展示されるそうです。本物の実物を見ることのできる機会は本当に少ないと思います。ぜひご覧ください。


2002年12月24日(火)

影水作 錦旗

写真は宮松影水(みやまつえいすい)作 錦旗(きんき)です。今回は錦旗連載の締めくくりとして、最高の錦旗をとりあげます。

宮松影水は、巻菱湖と水無瀬において大変素晴らしいアイデアを実現しましたが、錦旗においても巻菱湖と水無瀬の場合ほど分かりやすくはありませんが、やはり独自のアイデアを伝統美を崩すことなく実現しています。

この「宮松影水のアイデア」の話題はとても面白い内容です。駒銘図鑑を展開する中でジックリとりあげたいと思っていますので、ここでは割愛させていただきます。

さて、写真の王将と玉将をご覧ください。掬水作の錦旗が、書体の輪郭でバランスをとっているのに対し、影水作のそれは書の方向性と漆の質量まで併せた上でのバランスを実現しています。

例えば、 王将の将の最終画がやや重く下に突き抜けていますが、 王の三本の横画の入筆の角度(方向性)との相殺によって全体のバランスをとっています。

将棋駒 影水作 錦旗
影水作 錦旗

ところで、錦旗、水無瀬、巻菱湖、源衛兵清安の四大書体は実によく出来た書体で、盤に並べたときの姿は他の書体を圧倒します。その四つの中でも、個人的には錦旗の姿が最高ではないかと感じています。また、巻菱湖と水無瀬がその長所の分かりやすさから、どの駒師の方にとっても字母紙さえ間違わなければよい作品が作りやすいのですが、錦旗は一番難しいのではないでしょうか。

駒師の方によって作り出される数々の錦旗を見ていると感じます。

2002年12月20日(金)

掬水作 宸筆錦旗書

前回に引き続き、今回も掬水作 錦旗書です。銘は錦旗書ですが、通常の錦旗と区別し、宸筆錦旗(しんぴつきんき)と呼んでいます。

将棋駒 掬水作 宸筆錦旗書
掬水作 宸筆錦旗書

昔からこのようなアプローチはなされており、古くは、奥野作錦旗書がやはり、本来の錦旗とは呼べない書体(昇龍書)を採用し、その個性により、豊島龍山の錦旗に対抗したのは有名な話です。

奥野作の場合に比べますと、この宸筆錦旗書は通常の錦旗書と別物と思うほど大きく異なるわけではありません。写真にはありませんが銀将などにその特徴が顕著です。全体としては、錦旗であり、一部の筆運びが軽く舞うような印象を与えます。

本作は、驚くほど美しい孔雀杢に精密な仕事が施されています。写真(拡大)でもその仕事の完成度がご確認いただけるものと思います。美しい木地とバランスの完成度、精密な仕事により、実用性を兼ね備えた宝石といえる逸品です。 桜井掬水、信念の一作といえます。

ここまで読まれて、ああ、この人(わたし)は、掬水作が好きなんだなぁと思われるでしょう。実際のところ好きです。駒の魅力を構成する概念は一通りではありません。桜井掬水流、熊澤良尊流、児玉龍兒流のそれぞれの駒作りとその価値観はおそらくは異なることでしょう。わたしはそれぞれの方の価値観を考察し、学び、そして理解に努めたいと思います。「すべての駒に魅力あり」です。

しかし、わたしがあるべき本流(Proper Main Stream)と考えますのは、何度も出てきますが「伝統美の系譜」です。わたしの方針を皆様に押し付ける気はありませんが、忘れないください 「伝統美の系譜」を理解することを。 そして伝統美の系譜を継ぎ、盛り上げの高さと美を追求する駒師の方の存在を。

2002年12月19日(木)

掬水作 錦旗

写真は掬水(きくすい)作 錦旗(きんき)です。現在の天童を代表する名工、桜井掬水の作品です。この駒も写真では現物のよさが分かりにくい駒かもしれません。

前回、「盛り上げ駒の漆は質を伴い高くあるべき」と結論付けましたが、こういい切るだけでは誤解が生じるかもしれません。盛り上げ駒のあるべき姿(Concept)の本道(Main Stream)はその通りだと思っていますが、それが唯一無二ではなく、駒の評価は多様であってよいと考えます。

ある盤駒屋さんで、盛り上げ駒の漆は低い方がいいですよという、お話を聞きました。驚いたのですが、反論はしませんでした。高くあるべきが基本で、低くともよい駒もある、というのがわたしの意見です。低い方がよいという意見には賛成できません。

さて、写真の作品ですが、盛り上げは決して高いとはいえません。低ければ簡単なんだよという意見もあり、それは十分理解できる考えです。しかしながら、わたしの現在の感性で見る限りは、この作品の美は容易に真似できるものではないと思います。

将棋駒 掬水作 錦旗
掬水作 錦旗

掬水作の
真似を目指す駒師の方はいないと思いますが、影水作を真似るよりもむしろ難しいのではないかとさえ思っています。わたしが以前より申し上げるところの「伝統美の系譜」とは異なりますが、一つの美の形が、完成されていると確信します。

一つの美を深く理解し、それに傾倒すると、他の美への理解と寛容さが失われるのは一般的な現象です。 巻菱湖や水無瀬に比べると錦旗の美を理解するのは難しいのですが、現在、いくつかのタイプを認識しており、その一つが掬水作の錦旗です。

最後に作品を眺めますが、掬水作の 駒形と面取りは実用への深い配慮を感じます。駒尻の四隅にまで微妙な面取りが施されています。そして、精密な仕事にはわずかの狂いもありません、見方としては邪道かもしれませんが、オブジェとしての完成度は超一流と思います。 美しい柾目を持ったこの作品は現物をぜひお見せしたいものです。

2002年12月10日(火)

天一作 三邨書

彫りの天一とうたわれた天童の名彫り駒師、天一作の三邨書(さんそんしょ)です。天一さんの得意書体です。

将棋駒 天一作三邨書 彫り
天一作三邨書

彫り駒で定評のある駒師の方には、天一、雅峰、秀峰、淘水、月山、(順不同敬称略)などの方がいらっしゃいます。 最近では付加価値がより高いということもあり、盛り上げ駒へ移行される駒師の方が多く、彫り駒ファンには寂しいかぎりです。

写真の三邨書は、今では数少ない純粋な彫り駒師、二代目天一、佐藤松喜さんの作品です。作風は切れ味鋭く、流麗なことで知られます。その作品は瀬戸みがきで丹念に仕上げられます。

本作もまさに「切れ味鋭く流麗」で、特に裏字の龍、馬などにその特徴があらわれており、その出来映えは見とれるほどです。

ところで、駒の種類には盛り上げ駒、彫り埋め駒、彫り駒があるのはご存じの通りですが、皆様はどの種類がお好きでしょうか。


今回、「表現量」という考え方をご紹介します。盛り上げ駒は一番「表現量」が多く、次が彫り駒で、一番「表現量」が少ないのが彫り埋め駒であると、わたしは考えています。この「表現量」という考え方は、あまり馴染みがありませんが、盛り上げ駒のそれは漆により外に向かい盛り上げられた形状の情報量ということができ、複雑な内容を含んでいます。

それに比べ、彫り駒のそれは内に向かい彫られた、彫りクチの形状による情報量ということができ、盛り上げ駒に比べると幾分少ない「表現量」とわたしは判断しています。しかしながら単にここでいう「表現量」だけではその価値は比較できません。その質、つまりそのあじわいは大きく異なります。 それでも、この「表現量」という考え方は駒を評価する場合に役に立つ概念と思っています。例えば、宮松影水の巻菱糊の表現量は他の巻菱糊に比べて多いと感じています。

表現力が質であるなら、表現量はまさに量で、「表現力 X 表現量」で、その駒の「力量」をあらわすことができます。このようなわけで基本的には「盛り上げ駒の漆は高くあるべき」と考えています。もちろんただ高いだけではいけません。質が伴わなければ意味がありません。いいなおすと、「盛り上げ駒の漆は質を伴い高くあるべき」となります。

《今回もややこしい話にもっていったねぇ。もう、やめてね》...そうします。

2002年12月10日(火)

136 セオリーとデートアプローチ

136 セオリー(136-theory)とデートアプローチ(Date Approach)と今回はとても風変わりなタイトルです。

駒の勉強方法について考えてみます。駒の伝統、歴史の勉強、書と書体の勉強、駒の製作技術の勉強などが考えられますが、やはりなんといっても一番大切なのは「実際の駒を見ること」だと思います。ただ見ていればよいのか、というとそうではなく、「背景(Background)」の理解と「リファレンス(Reference)」の存在が重要です。意識なく、ただいいなあと見ているだけでは何十年見ていても、本質は見えて来ないのではないでしょうか。

背景の理解とは、その駒に至る系譜、書の表現手法など多くの内容があります。リファレンスについては銘駒図鑑でもよく書いてきましたが、これは相対的評価を意味し、例えば前例のない奇抜な書体の駒を作ったとし、それを評価することの難しさをお考えになれば分かることと思います。伝統的書体には多くの名工が取り組んだ成果があるわけです。それを理解し、最高といわれ自分でも思われる作品をリファレンスとすることにより、目標(Target)とする駒への評価が見えてくるはずです。もし前例のない書体、作りの駒を評価する必要に迫られた場合は、盤に並べた姿、それまで養った感性を信じる他はありません。

「背景」、
「リファレンス」とご自分の 「感性」を頼りに、数多くの優れた駒を見ることが一番です。しかし、名駒などの実物を目にできることは限られてしまいます。したがって銘駒図鑑などの写真に頼る必要が出てきます。手元に置き(できることなら購入)長い時間考察できる駒が「1」、人の駒を見せてもらって実物を鑑賞できる駒が「3」、銘駒図鑑、書籍などの写真で見ることのできる駒が「6」、の割合で多くの駒を見てください。これが、1対3対6の原理、136 セオリーです。これは駒を見る比率をいっているだけではありません。最初の「1」が次の「2」をそして「1」と「2」が最後の「6」を支えてくれる構造が重要です。 


地震ネコ
勉強しようよ!

わたしは大変長い時間をかけて、駒を見ています。見ていないとき、歩いているときなどもその駒の映像を浮かべて考察します。まるで、デートをしているように。これは位相幾何学という数学の大家、広中平祐氏の方法論で「広中のデートアプローチ」として有名です。強い思いの長時間、長期間の考察が普通見えないものを浮かび上がらせます。もちろんその場合もバックグラウンドとリファレンスをお忘れなく。《ややこしい話はやめてぇ》

2002年12月2日(月)

静山作 源兵衛清安書

写真は金井静山作(銘は静山作) 源兵衛清安書(梁山泊 所蔵)です。わたしは宮松影水の駒を愛する者であり、特に水無瀬と巻菱湖についてはそのすばらしさに感動すら覚えます。多くの駒をこれからも見ていくことになると思いますが、水無瀬と巻菱糊を鑑賞または評価する際、どうしても影水流の水無瀬と巻菱湖を基準としてしまいます。それについてはまた別の機会に書かせていただこうと思います。

将棋駒 静山作 源兵衛清安書
静山作 源兵衛清安書

しかしながら、源兵衛清安書の駒を見る際には静山流の源兵衛清安をその基準としています。基準から外れる駒はよくないというのではありません。

影水流が「これでどうだ」といわんばかりに芸術性を前面に出した書による駒作りなのに対し、静山のそれは肩の力を抜いた流れるような書による駒作りとなっています。

源兵衛清安書には静山流が一番合っているように思えるわけです。他がだめということではありませんが、静山の源兵衛を理解することによって、他の駒師の方の作による源兵衛清安書への理解が深まるのではないでしょうか。

王将の駒尻に書かれた静山の銘を見てください。さらさらっと気負いは微塵もありません。この感覚が作品全体に生きています。静山師の全人格が生み出す品格のある逸品といえます。


実は先日、影水作の清安書(影水作に源兵衛清安書の銘はなく、すべて清安書となっているようです)を手にとり見る機会がありました。やはり、「これでどうだ」といわんばかりの自己主張を感じました。その場に一緒にいた方はわたしよりレベルが高く、冷ややかだったように思いますが、わたしとしては心に惹かれるものがありました。まだまだ目にするサンプルが少なく、結論は先になりそうです。《頑張って勉強しようね》

2002年11月20日(水)

初代竹風作 隺園書

写真は初代竹風(大竹治五郎)作 隺園書(かくえんしょ)です。昭和五十年代に前の所有者の方が治五郎さんに直接注文し、作られた作品で隺園書としては竹風作の第一号とのことです。珍しい書体であり、第一号ということであれば字母紙から起こされたのかもしれません。


大胆な形状の書体で、筆のイリとハネにも特徴があります。駒面全体を使った太字の書体でありながら大あじな感じはなく、なぜかこの駒には心をひかれます。作者の力のこもったよい作品に思っています。(写真で光っているのは油ではありません)

わたしは基本的に駒銘に関しては保守的で、あくまでも個人的な趣味の問題ですが、三田玉枝(みたぎょくし)、阪田好(さかたごのみ)
などの趣向を凝らした書体は好きではありません。やはり、水無瀬(みなせ)、巻菱糊(まきりょうこ)のようなオーソドックスな書を追求したいのです。

しかしながら、この書体と出会ってからは少しだけ視野が広がり、現在では鰭崎英朋(ひれさきえいほう)、無劍(むけん)などの書体にも関心を持っています。

将棋駒 初代竹風作 かく園書
初代竹風作 隺園書
他のページでも書きましたが書体とは大変興味深く、将棋駒の魅力を多様化する重要なファクターであり、銘駒図鑑では今後、駒銘(書体)に力を入れていきたいと考えています。また、あなたの大好きな書体についてぜひ教えていただきたいです。写真はなくても結構ですので、ぜひぜひ掲示板にでも好きな書体、どんなところが好きなのか、などを書き込んでいただければ、とってもうれしいです。《きもちわるいよ》

2002年11月19日(火)

天野宗歩と巻菱湖

天野宗歩は「あまのそうほ」なのか「あまのそうふ」なのかどちらが正しいかご存じでしょうか。実はわたしは「あまのそうほ」と読んでいました。わたしたちの身近なところでは、広辞苑にて「あまの‐そうほ【天野宗歩】[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]」また、日本将棋連盟のデジタルショップでも駒の解説で「宗歩好書(そうほごのみしょ)」としています。さらに「駒のささやき(駒研出版会)」でも宗歩好(そうほごのみ)としています。


それでは「そうほ」に決まってるじゃないか!といわれそうですが、こちらもご覧ください。 将棋世界 将棋論考 vol.66(真部一男著)より抜粋:

『前回、天野宗歩の読み方について「ソウホと読むことにしよう」と書いたところ東公平氏から以下のご指摘をいただいた。「家元派の将棋指しにのみ、駒の字が許されていたそうで、宗桂、宗銀、宗金がいますからソウフかと思います。歩兵をフヒョウと読むのが正しいとするとソウフ」東さんはこの見方をしておられるとのこと。建部和歌夫八段の研究でも断定はできないがソウフとなっていたそうだ。』

いかがでしょう。結論としてはどちらともいえないのが事実です。要するにどちらの立場をとるかということになります。将棋を理解するわたしたちとしては「そうふ」と呼ぶべきではないでしょうか。銘駒図鑑では「そうふ」とする立場をとり駒銘の宗歩好は「そうふごのみ」と読むことにしました。
さて、今度は巻菱湖です。「まきのりょうこ」なのか「まきりょうこ」なのでしょうか。幕末の三筆、巻菱湖(まきりょうこ)、貫名海屋(ぬきなかいおく)、市河米庵(いちかわべいあん)の一人であり、書の世界では「まきりょうこ」とされています。また、先ほどは否定した広辞苑では「まき‐りょうこ【巻菱湖】 江戸後期の書家。幕末の三筆の一人。名は大任、字は致遠。越後の人。江戸に出て亀田鵬斎に学ぶ。欧陽詢・李北海の書を学んで一家を成し、菱湖流と呼ばれた。(1777〜1843)[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]」となっています。

しかしながらなぜか、現在の大勢は「まきのりょうこ」のように思います。右を向いても左を見ても「まきのりょうこ」となっています。何かによるきっかけがあったのではと思いますが、確認できません。駒銘として字母紙を起こした豊島龍山が「まきのりょうこ」としたのであれば、そう呼ぶべきかもしれませんが読み方を指定したとは考えにくく、問題提起の意味も含めて銘駒図鑑では「まきりょうこ」と読むことにします。ご意見ご批判は頂戴いたします。

駒銘に関しては、「長録」なのか「長禄」なのかというような話題もあります。駒銘にした豊島龍山の字母紙には長録とかかれているので、長録が正しいという説、あるいは「禄の字を録とした駒があるが、後世の駒師の誤りである」という説もあります。銘駒図鑑では豊島龍山に習い「長録」としています。

できることなら歴史をゆがめることなく美しい「なまえ」を伝えたいものです。

2002年11月13日(水)

実用と真理

写真のロボットは実は大変実用的?な電卓です。 例によって衝動買いなのですが、普通の電卓に比べおそらく2倍ほど余分に時間がかかります。実用をとるか楽しさをとるか。楽しいなら実用は我慢しましょう。というわけで、現在はただの置物となっています。

「実用か楽しさか」、「実用か美しさか」、「実用か正しさか」、これらは常に迫られる選択です。また程度によっても選択は異なりどちらの選択が常に正しいかは一概にはいえないものです。完全にデジタル的な選択、つまり右か左かではなく、どの辺りのバランスをとるかということなのですが、人によって一貫した傾向がありそうです。

わたしの場合は、常に実用側の選択をしているようです。いかに正しくとも、真理であっても役に立たないなら、そんなものはいりませんという、...そんな性格なのでしょうか。常により正しさ、完全さ、真理に向かう方もいらっしゃることでしょう。そんな不完全なものならない方がマシ、やらない方がマシだと。

わたしの若いころ。真理が大好きなころ。「少林寺拳法」という本を読みました。格闘技の本なのですが、その基礎となる哲学的な教えというものがありまして、なぜこの拳法を学ぶのかということが書いてあるのですね。例えば家族、恋人など大切な人といるときに暴漢に襲われたとします。その大切な人が傷つけられているときに何も出来ず見ているしかない。力が必要だということを説いているのです。「力のない正義は無意味である」というのです。少年のわたしは力が伴わなければ無意味というのは乱暴ではないか、こじつけているだけではないかと感じたのですが、この教えが以外に深いことにも驚きました。

これに影響を受けたのかどうなのか、上の類似品として「実用の伴わない正しさは無意味である」《ちょっと違わないですか》にいつも傾いてしまいます。

電卓ロボット
正義の味方?
ホームページのことについて考えてみます。このホームページという言葉も「間違っています。正しくはウェブサイトといいます」と書いてある本があります。たしかにホームページというのはウェブサイトの最初にあるルートのページというのが本来の意味ですが、入門者の方を中心にウェブサイトという意味でホームページという呼び名が広まったようです。わたしなどは早い時期から「ホームページ」という用語を使ってきました。その方が分かりやすく伝わりやすいからです。この場合も正しさよりも実用をとっています。

ホームページの中身はどうでしょう。「銘駒図鑑」 もコンテンツ(内容)が多くなってきました。正しくないことも書いているかもしれません。作っている人(わたし)は駒のことを完全に分かっているのでしょうか。知識は完全でしょうか。間違ってはいけない、間違ったことを伝えた場合の責任はどうする、そのようなホームページは作ってはいけない!という方もいらっしゃることでしょう。実際にそのような意見もあるようです。

わたしはいつも考えます。このホームページを見て喜んでくれる方といやな思いをされる方の比率はどうなのか。「本当にないよりマシ」は成立しているのか。いかに崇高で完全であっても誰にも知られないアイデア、誰の役にも立たないものは無意味ではないでしょうか。(自分に満足を与えるという意味は存在します)

間違ったら直せばいいじゃないか。《間違いだらけの人生ですね》

2002年11月1日(金)

ダイヤモンド穴熊

将棋の囲いの中で一番美しい囲いは美濃囲いではないでしょうか。矢倉囲いには実用性を感じます。それに対して美濃囲いは様式美に偏った印象を受けます。それが古来には発見されなかった一つの理由ではないかと思われます。ところが実際には十分な実用性と様式美を併せ持つ、非常にバランスのよい囲いであることが現代では確認されているわけです。

それでは、穴熊囲いはどうなのでしょうか。不思議なことにギリギリ成立するバランスを持っているようです。将棋の不思議です。ところでわたしは比較的最近居飛車党になりました。将棋の魅力により多く触れたいと考えたためです。横歩取りなどにも挑戦しています。居飛車党の方の中には「穴熊はするのもされるのも嫌いだ!」という方がたまにいらっしゃいますが、わたしは穴熊にはロマンを感じ、今でも飛車を振るときは美濃囲いにはせず、ほとんど穴熊です。

将棋駒 ダイアモンド穴熊
ダイヤモンド穴熊
そうすると当然、居飛車穴熊と戦うことが多くなりますが、あるとき中盤で飛車を切ったとき「エーッ!そんな手あるかなぁ」と相手の四段氏。勝ちました。やめられません。

今でもわたしにとっては穴熊が一番経験の多い戦法です。対急戦、持久戦といろいろやりました。自己流ですが超持久戦のときに用いる穴熊に「ダイヤモンド穴熊」があります。わたしが名付けました。

これは5六にあがった銀を4七に引きさらに3八に引いた後、3七に立った形です。この後、4八の金を3八に寄って最終形となります。その一手前の形が「ダイヤモンド穴熊」です。囲った後は期を見て5六歩から5五歩と攻撃します。

美濃囲いに「ダイヤモンド美濃」と呼ばれる囲いがありこれをまねたわけです。5七銀型の三間飛車からの3七銀の穴熊はありますが、6七銀型四間飛車からの3七銀は珍しく、特に6七銀型からの3七銀、4八金の形は自分以外の将棋で見たことがありません。これからもダイヤモンド!と心で叫び、熊って戦いたいと思います。

皆様もぜひ一度お試しください。切れること確実!?です...

2002年10月31日(木)

ミスターウィンクル

ミスターウィンクル(Mr.Winkle)をご存じですか?
今回はミスターウィンクルのお話です。

実はわたし、犬が大好きなんです。かわいい犬を見つけるとジィーと穴があくほどの勢いで見てしまうわけですね。大概は飼い主の方も一緒なわけで、かなり怖い思いをされていることと思います。とはいえ、こればっかりはやめられません。

そんなわたしが、ある日のテレビのニュースでミスターウィンクルの映像を目にしたわけです。「なんだぁ、これはぁ、本物の犬ですかぁ」と独り言。かわいい犬です。ニュースはすぐに終わってしまいました。それからあれは何だったんだろうと、気にし続けていたわけですが、それ以来なかなか情報がありませんでした。今回ホームページが分かりましたので、皆様にもご紹介しようというわけです。

《ぼくは無関係なただのヨークシャです》

ある女性(写真家のようです)が虐待を受けボロボロになった犬を偶然見つけて手当をし、元気になったその犬のビデオをホームページで流したらあっという間に有名になりました。その犬が「ミスターウィンクル」です。虐待のせいなのか舌が口の中にちゃんと収まりません。現在は飼い主に愛され幸せに暮らしているようです。

そんなウィンクル君ですが、今ではカレンダーやら写真集やらと商業ベースに乗っています。ちょっと虚しさも感じるわけですが、なんといってもかわいいので仕方がありません。わたしもつい先日、カレンダーを買ってしまいました。ミスターウィンクルのホームページはこちら http://www.mrwinkle.com/index2.htm です。

2002年10月27日(日)

児玉龍兒

駒師について今回は児玉龍兒さんをとり上げます。静山会、児玉龍兒、銘駒図鑑でよく聞かれます。静山会 児玉龍兒展についてもご案内しています。何か特別な関係があるのでしょうか。個人的に応援はしていますが、現在特別な関係はありません。今後、菊水さんと縁があれば同じように応援するかもしれませんし、また熊澤さんその他の駒師の方にも同じことがいえます。銘駒図鑑は駒作りの方、駒を愛し収集する方、駒を購入し使用する方、鑑賞する方、駒を売りたい方、すべてを応援したいと考えています。...多少気まぐれですが...《それが一番困るねぇ》

以下は、山本影水さんが掲示板にかかれた内容を一部転載しています。

さて、児玉龍兒さん。本名は児玉悌二、山形市在住、金井静山に師事、近年二代目静山を襲名するが作銘は児玉龍兒。静山会主宰し年1回展示会を行う。弟子に須藤思眞(本名:須藤久史)がいて、彫りと瀬戸磨きの技術に優れ、現在は盛上駒も製作しています。
将棋駒 児玉龍兒作 源兵衛清安書 根杢
児玉龍兒作 源兵衛清安書 根杢

故宮松影水と同様に半金前受けで、完成は1年半から2年かかるそうです。駒は拭き漆仕上で、駒を研ぎ出した状態で木地により回数は異なりますが、8回から10回くらい透明な漆で駒全体を拭きます。前工程として駒を研磨することを含め大変な時間と労力をかけています。その結果虎斑でも根杢でも赤系の柾目でも素晴らしい色合いの駒に仕上がります。

児玉さんは現在も一流ですが、さらに将来に期待できる駒師と評価されています。木地、駒形、彫り、みがきにすぐれさらに盛り上げの技術は進化を続けています。

将棋の駒というものは《随分大きくでたね》、龍山、静山、影水の流れ(わたしはこれを「伝統美の系譜」と呼んでいます)の中にある美を理解することから始まるのではないかと思います。これは駒作りの技術だけで論じることはできず、美への感性を問われます。伝統美の系譜を継ぐ現代の名駒師、児玉龍兒さんに期待しましょう。

静山会 児玉龍兒展が来年1月24日から開催されます。現在どこまで進化したのか最新の児玉龍兒さんをご覧になってください。わたしも大変楽しみにしています。

将棋駒 児玉龍兒作 水無瀬書 虎斑
児玉龍兒作 水無瀬書 虎斑
また、児玉さんの個展の1週間ほど後に梁山泊にて展示会が開かれます。(近くご案内予定)龍山、静山、影水などの駒も多数展示されるそうです。ご都合のつく方はこの機会に歴史に残る名駒の現物をご覧になられることをお薦めします。盛り上げ駒の名品は大変高価なものです。性急に購入せず、十分に検討された上で、さらに気を長く持ち購入計画を立てられた上でのご購入が最善と思います。(わたしも随分無謀な購入をしたくちです。後悔先に立たずですね)

時期を見て、桜井菊水さん、熊澤良尊さんなどの名駒師の方の魅力にも触れてみたいと思います。ご期待を...

2002年10月26日(土)

銘駒図鑑の今後

銘駒図鑑の今後といいますと将来の展望を述べるように聞こえますが、今回は近い将来(おそらく年内)のホームページ改良予定をお話しします。まず 「コンテンツメニュー」は閉鎖しそのスペースを他の用途に使います。《他って何?》

《関係ないじゃん》

また、銘駒掲示板に書き込んでいただきました「販売希望だけではなくて、購入希望の駒の情報を載せてほしい」とのご要望への対応を検討しています。おそらく新しい掲示板を開設することになるかもしれません。

いつまでも準備中の「銘駒ソフト」のボタンを廃止し、「銘駒占い」を開設します。ちょっと変わった形で「今日の運勢占い」と「銘駒性格診断」のような機能を設けたいと考えています。

次にちょっと大きな目標といいますか駒には直接関係ないのですが「名駒将棋盤」というインターネット上で棋譜を再生できるソフトウェア(勝田将棋盤のようなもの)を開発し「銘駒図鑑」でダウンロードできるようにしようと考えています。 名駒将棋盤というのですから美しい名駒を採用したデザインも新タイプのソフトウェアです。《本当にできるの、そんなこといっちゃって》

さらには棋譜管理機能を搭載し多くの将棋ファン必携のツールに育てる所存です。と、大きく風呂敷を広げすぎました。さてさて、どうなることやら。

2002年10月20日(日)

石ころ屋

わたしは散歩がとても好きです。吉祥寺に住んでおりますので、井の頭公園をよく散歩します。ある日、いつものように公園を散歩しておりましたら、「石ころ屋」というお店がありました。ゴザを敷いて石ころがたくさん並べてあります。大きい石、小さい石、色々あります。石には顔などが描いてあります。そのとき、一つの石ころと目が合ってしまいました。ジーと見つめ合ったわたしたちはもう普通の関係じゃいられません。「あのー、これ売ってるんですよね。いくらですかぁ」 。店主は石ころ透明なセロファン・ケースに入れてくれました。なんだかうれしくなりました。

それで購入した石ころが右のものです。石は多摩川の河原で拾って、顔などを描いて売っているとのこと。お父さんと少女の二人組です。少女は「えっえー、このおじさん買うのぉ、石ころ」って顔でわたしのことを見ていました。お父さんは大変愛想がよく、商売上手。もう少し高価な商品なら売り上げもさぞかし多く、一財産ということでありましょう。《?》

考えてみますと、将棋の駒も拾ってきた?ツゲの木地に文字を書いて《あのぉー、彫ってますけど》売っているわけで、似たもの同士、類似品といえます。《いえないよ》いえません。

今回何がいいたいか。...駒をお店で選ぶとき、駒と顔が合って心が通じたら、木地はどこのものか駒師は誰かなどということよりも大切な何かをあなたは見抜いているということです。《そうかなぁ、無責任じゃ、ないかぁ》...ごめんなさい。


石ころ屋
100円也

2002年10月17日(木)

わたしの好きな駒

一番好きな駒は宮松影水作です。豊島龍山、金井静山、奥野一香なども素晴らしいと思います。現代の駒師では児玉龍兒さんが素晴らしいです。豊島龍山、、奥野一香、金井静山、宮松影水の流れを(勝手に)「伝統美の系譜」と呼ぶことにします。

児玉龍兒さんはこの「伝統美の系譜」を継ぐ意志をお持ちのように思われます。わたしはこの「伝統美の系譜」の駒ががたまらなく好きなわけです。書体に関しては、駒に関心を持ち始めたころ一番関心がなかったのが水無瀬書ですが、今では一番気になる書体です。
わたしの考えるところの「伝統美の系譜」とは異なりますが、桜井掬水さんの駒も好きです。わたしの数学的指向も手伝ってか書体の幾何学的なバランスが常に気になるわけですが、菊水さんの駒は全般的にバランスの完成度が高いように思います。 しかし、このことと伝統美の系譜にある書体のバランスとは、うまくいえませんが、種類が異なるように思います。掬水さんの駒はわたしが思うところの伝統美の系譜とは「あじ」が異なるように思います。
将棋駒 宮松影水作 錦旗
宮松影水作 錦旗

将棋の駒が好きです。ですから、こういう駒がよくて、ああいう駒は全く駄目だというような意見を持ちません。

すべての駒には何かしら魅力があるものです。淀川長治(故人)という映画評論家がいました。この方はどんな映画もほめていました。もちろん嫌いな映画はあったはずです。

すべての駒師に個性があり、いろんな「あじ」を生み出しています。あなたの好きな駒師は誰ですか?あなたのすきな駒はどれですか?「銘駒図鑑」での発表をお待ちしています。

2002年10月17日(木)

わたしは何者?

宮田梅水(みやたばいすい)と名乗っていますが、梅水は本名ではありません。《そりゃそーでしょ》 駒作りを始めようと思いつき、雅号を考えました、宮松影水にあこがれ「水」をもらおうと考えたのですが、今後出てくるプロの方とかぶってはまずいので、松竹梅の一番下から「梅」を採りました、それで、「梅水」。これなら使われないだとうと。

《いったいどんな人が何のためにこんなホームページを作ったの?》 目的は「銘駒のススメ」を読んでいただくと分かります。ほとんど本音です。お人好しで誰かの役に立てることが好きなのです。今後のことは分かりませんが、営利目的は全くないホームページです。将棋の駒という非常に特殊でマイナーなテーマですが、このテーマを通じて将棋界全体に貢献できないかとの野望?を持っています。

わたしについてですが、現在は「フリーのソフトウェア技術者」です。ウェブも守備範囲ですが、それにしてはこのサイトが大味なのはわたしの性格のせいでしょう。以前はマイクロソフトという会社にいました。社員番号は100番でした。デベロッパーリレーションズ マネージャという開発者の方々に対するマーケティングの仕事とマルチメディア・エバンジェリストというマルチメディア技術の伝道師をやっていました。《わけわかんないよぉ》
ウィンドウズのマーケティングをやっていたこともあります。根っからのウィンドウズ野郎といったところです。


銘駒図鑑
銘駒図鑑 ( 将棋駒 銘駒 名駒 盛り上げ駒 彫り駒 ) ギャラリー